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まほろば国立歴史資料館休憩処 まほろび庵
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ご無沙汰してました!!  投稿者:もへい 投稿日:2009/10/15(Thu) 22:52 No.158
松平春嶽 実は最近忙しかったので書き込みできませんでした!
でもいろいろ動きがありました。

探墓巡礼顕彰会関係で『歴史研究』という雑誌の1コーナーに投稿させて頂けることになりました。
いつ掲載されるかは追って連絡します。

そして先日合宿に行く前に埼玉県行田市にある忍に行きました。
ここでは石田三成の作った石田堤、忍城、忍東照宮、忍藩松平家墓地、さきたま古墳群に行きました!!
忍城といえば、石田三成の水攻めで有名です。

忍藩主松平家は9,11,12のみの墓碑があります。
今回はこの中で幕末に活躍した11代と12代の墓碑を掲載しますね。
11代は松平忠国といえば隠居しながらも実権を握り続けてバラバラだった藩論を統一させた人物です。
12代松平忠誠は天狗党鎮圧、京都警護なども行った人物です。





Re: ご無沙汰してました!!  JUNE - 2009/10/16(Fri) 21:53 No.159

JUNE様専用 もへい様 お久しぶりです。

『歴史研究』という雑誌に投稿されるのですね♪すごい!すごい!
良かったですね★

「忍城」は未開の地です。
三成公にまつわる様々なものがあるとは興味津々です★






Re: ご無沙汰してました!!  もへい - 2009/10/18(Sun) 00:01 No.162

松平春嶽 JUNE様
忍は小田原征伐の時に石田三成軍が忍城攻めをして有名になった場所なんです。
難攻不落の名城で水城です。
三成はこの石田堤を作って水の堰き止めをしたんですが、のちにこの堤防が決壊して結局落とせませんでした。
この時の城主が成田氏で秀吉の側室甲斐姫の実家でもあります。
この戦の評価のせいで三成の戦下手という考え方が出来たとも言われています。
水濠跡でもある水城公園や写真に掲載した御三階櫓が有名ですね。

一応『歴史研究』のコーナーは今のところ4〜5人で交代で書く予定ですが、僕の本名で書かせて頂いてます。
本名はお二人とも知ってますよね?




お疲れ様です!!  マルス館長 - 2009/10/19(Mon) 01:43 No.164

管理者用 もへい様、お忙しい中痛み入ります。

まずは「歴史研究」デビューおめでとうございます。ざっと調べましたら今月は龍馬暗殺特集ということで…。掲載の際は…ってこれ書店で買えますかね?。ま、注文すれば済むか(⌒▽⌒)。

忍藩は幕末でも地味に登場しますね。それも結構悲惨な役回りで…。それを乗り切った松平忠国・忠誠さんはものすごいですよね。私にとっては11代・12代こそ…いや、本当にありがとうございます。
今必死こいて御廟の再興をはかってますが、なかなか手強いのが再興の目玉となる「天狗党」と「FLASH」でして…何か勇気づけられますよ。もちろん「もへい様寄贈」も準備していますよ♪。

それにしても三成公が続きますねo(*^▽^*)o。それじゃ私は秋田にでも行きましょうか(^▽^;)。知る人ぞ知る三成公終焉の地へ…。っていっても伝説ですけどね。


寺田屋★追伸です♪  投稿者:JUNE 投稿日:2009/09/29(Tue) 22:22 No.141
JUNE様専用 以前より寺田屋の入って右の1階のお部屋
に友人の絵画「龍馬の絵」が飾られていて
凄いなぁ〜と関心していましたが、今度また
その方の作品が寺田屋に飾られる事になりました。
しっかも!我が家の老犬「けんちゃん」も登場しているとの
事でした★

寺田屋問題は様々ございますが・・・歴史を感じ愛する心は
変らないと思います。

京都も池田屋跡のお店や新しい新撰組BOYが登場して
にぎやかになることでしょうね♪

あ〜〜〜〜〜京都行きたぁい★





すみませんm(--)m  JUNE - 2009/09/29(Tue) 22:24 No.142

JUNE様専用 館長の素敵なハントレポートにくっつけようとしたのですが・・・
やっぱり失礼な酔っ払いで・・・ピンで投稿してしまいました。

大変失礼しました。ごめんなさい。




もうひとつ・・・  JUNE - 2009/09/29(Tue) 23:17 No.143

JUNE様専用 何度チャレンジしても画像の数が変えられない・・・
という事であるソフトを使って1つの画像にし、大きさを
変更して投稿させて頂いています。

どうして画像がいっぱいのっけられないのかなぁ・・・?
やっぱアナログおばちゃんです。




Re: 寺田屋★追伸です♪  マルス館長 - 2009/10/01(Thu) 00:33 No.145

管理者用 なんと寺田屋にけんちゃんが住み着くわけですね。
しかも坂本さんや中岡さんやお龍さん、近藤局長や土方副長と一緒に…。
あ、けんちゃんはじめまして(^▽^;)。

それはJUNE様の想いが寺田屋にも根付いたってことですね。ゼルにもしっかり根付いてますし、想いは確実に広まってますよ。

京都は忙しそうですねぇ。
http://kyokira.seesaa.net/article/124531051.html
http://kyokira.seesaa.net/article/125059869.html
http://kyokira.seesaa.net/article/129117760.html
最近全然構ってないけど…。10月は京都巡りもよさそうですね。


投稿数ですね。あれは妙なコツがいるみたいで、クリックしてプルダウンするんですけど、クリックした指を離さないまま希望画像数までポインタを移動させて話すとうまくいくようです。何かややこしい仕様のようで…。

一応10個までは載せられるようになってます。





Re: 寺田屋★追伸です♪   - 2009/10/03(Sat) 09:38 No.148

坂本龍馬2 寺田屋と言えば「龍馬」ですね。

着物について詳しくはないのですが、龍馬が着ているのは紋付絹羽二重だそうで正装のとき着るそうです。龍馬の有名な写真の裏に「初めて羽二重を着る」と書いてあるそうです。

長崎で「土佐の家老・後藤象二郎」と「浪人・龍馬」が会談をしたときに、どちらを上座にするか迷ったときに出たアイデアが、ゲストの郷士坂本龍馬を正装させ上座に、ホストの上士後藤を平服で下座にしたそうです。

もしかしたらその会談の後、二人揃って記念撮影をしたのではないでしょうか。





Re: 寺田屋★追伸です♪  マルス館長 - 2009/10/04(Sun) 13:57 No.149

管理者用 そうなんですよ。やはりドラマのイメージなどのおかげか、寺田屋といえば坂本さんと真っ先に浮かぶんじゃないかと思います。いろんな意味でワクワクしますからね。
だからこそ薩摩藩精忠組の方が霞んでないかとヒヤヒヤしてるんですよ。来年はもっと影薄くなりそうで怖い…。
しかも寺田屋って坂本さんが暗殺されたと思われてる節が私の周囲にはあったりします。興味無い方には近江屋も寺田屋も関係なさそうですね。

現存する坂本さんの紋服は、京都国立博物館に坂本家から寄贈されたもので、本絹羽二重です。しかし袖の長さや、紋の違い枡(組合せ角)の線の太さなど細部で各種写真のものとは違うそうですよ。一体何枚持っていたのでしょうね。
写真はこれですね♪。でも…それまで何着てたんでしょうね??。まさか浴衣?!。

後藤さんとの話は興味深いですねぇ。仮にも御家老様ですから、撮影料は全額土佐藩が持ってくれるとばかりに好き放題撮ってもらったりして。
後藤さんもすっかり写真にはまってしまって、挙句の果てが…
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090905k0000e040053000c.html
ってなことになったかも??。





Re: 寺田屋★追伸です♪   - 2009/10/05(Mon) 14:44 No.150

坂本龍馬2 >館長殿

後藤象二郎の洋服写真を拝見しました。
現在でも幕末の頃の写真が新発見されるのですね。
後藤さんも革靴を履いているようですが。
龍馬も洋服を着た写真が見つかるかもしれませんね。

龍馬の「羽二重」の話は最近の本で知りましたが、館長は写真までお持ちとはかなりの博学でいらっしゃるようですね。インディ・ジョーンズ(墓専門・笑)と思っていました。(失礼)

これからも歴史の知識をご教授ください。m(_ _)m


追記
龍馬が千葉佐那に送った羽二重の袖は、実際は父親の千葉定吉が龍馬の為に用意していた着物を渡せぬままにしていたものを、佐那が龍馬の形見にと半袖を切り取り持っていたそうですね。
だとすると、婚約の話はウソ??? 佐那の妄想???




Re: 寺田屋★追伸です♪  マルス館長 - 2009/10/07(Wed) 02:33 No.152

管理者用 最近の事例ではお龍さんの写真が突如出てきましたが、あれははっきり言って…見とれました♪
で、今回の後藤さんは…やっぱり笑えてしまいましたよ。「長屋にシャンデリア」と同義語で、「ちょんまげに洋装」って格言作ってもいいんじゃないかって。でもあの時代からすれば精一杯のオシャレですよね。ちょっと後藤さんのかわいい一面を見た気がしますよね。
坂本さんの洋装写真が出てきたら、それはもうこの比じゃないでしょうね。実際坂本さんの逸話からは、好奇心に富んで、しかも行動力も窺えるものが多いだけに、洋服に袖を通すくらいあっても不思議じゃないですしね。

博学は褒めすぎでしょうが、インディーという点では私も自負してますよ( v ̄▽ ̄) 。もちろんインディーズという意味で…。ジョーンズが付くと、これまた褒めすぎです。
でも成り行きとはいえ、すっかり「グレイブハンター」になっちゃったな…。そう、勝手に「グレイブハンター」って言葉を作ってこの企画を続けてもう8年になるんですよねぇ。最初は一企画に過ぎなかったのに…。いつの間にかこれがメインになってるのも運命かもしれませんよ。専門というのもまだまだおこがましい限りですが、行きつくところまでは行ってみたいと思います。
もちろん歴史全般は今後も扱うつもりですので、それはそれで…ご協力ください(;^_^A 。

佐那さんのことですが、坂本さんが乙女姉さんに宛てた手紙で興味深いのが、文久三(1863)年8月14日付のものです。

「此はなしハまづまづ人にゆハれんぞよ」で始まり、佐那さんについて「年二十六歳ニなり候。馬によくのり剣も余程l手づよく、長刀も出来、力はなみなみの男子よりつよく、先たとへバうちにむかしをり候ぎんという女の、力料斗も御座候べし。かほかたち平井より少しよし。十三弦のことよくひき、十四歳の時皆伝いたし申候よし。そしてゑもかき申候。心ばへ大丈夫にて男子などをよばず。夫ニいたりてしづかなる人なり。」

もう要約したら、「土佐城下一の美人である平井加尾さんを凌ぐ才色兼備で、剣の腕も立つ女性」というレベルで紹介してるわけですよ。普通そこまで評せるほどの女性だったら、惚れても不思議じゃないと思いますよ。だから婚約があながちウソとも言いにくいわけで…。
ただ置かれた状況が明日をも知れないとなると、当時最も身近だったお龍さんに傾いても、それは自然なのかと妙に納得する私です…。


続・ちょっと…じゃなくて、かなり頑張ったよ!  投稿者:マルス館長 投稿日:2009/09/27(Sun) 23:52 No.138
管理者用 5時間ほど前に帰ってまいりました。大河見る前にお風呂入れてよかったぁ…。

今日は前回の続き!。
第2次大垣調査ですo(≧∇≦o)。

今回は大垣市赤坂町にあり、前回一番行かないといけないのに行けなかった妙法寺の所郁太郎さんの所です。

ところが…ナビのアイちゃんが言うには、降りるインターは大垣じゃなくて関ヶ原なんだって…。こやつ…私を真っ直ぐ所さんの所へ行かせないつもりだな…。

ってことでまずは桃配山の徳川本陣。山と言っても小さな丘みたいなもので、登るのに1分とかかりません。
しかし関ヶ原全体を一望できる、兵法に適う地ですね…って…ゼル…。

そして一気に場所は西へ3キロほど移って、小西行長・島津義弘らが布陣していた関ヶ原開戦の地です。1つ1つ周ってたら結構忙しいところですよ。周りましたけど…。この奥手に笹尾山の三成本陣があります。

そのすぐ近くが最大の激戦となった決戦地です。旗がなびくまで風待ちでした(;^_^A 。

そして笹尾山の三成本陣です。ここだけはリアルに往時を再現?しています。矢来の壁と「大安吉日」の陣幕が豪華です(「大安吉日」は東映の撮影所で小道具さんたちが使ってた俗称です(^▽^;)。正しくは「大一大万大吉紋」で、大一大吉は物凄くめでたいってことで、大万は巨万の意だそうです)。

そして三成公の陣地…。ろ、老兵だらけ…。風の噂では、最近「レキジョ」なる歴史好きの若い女性が増えてるらしく、内心ワクワクしていたのですが…どうやら新手の都市伝説のようです。しかしここだけ人多いなぁ。

ここも戦場を一望の内です。

遅ればせながら、全体図です。おおよその位置関係は御理解いただけるのではないでしょうか。
でも今回実際にあちこち走ってみて、ようやく関ヶ原を半分くらい体で理解できたような気がします。

そして関ヶ原辺のクライマックス!。っちゅうか個人的に強烈だったのが大谷吉継公の御墓です。軽い登山でしたよ。しかもこのとき12時…。まだ大垣で残務もあるんですから、そんなに余裕はないんです。だから…山道走りました!。ここまで来ると、この関ヶ原編は、歴史探訪というより…もうオリエンテーリングだよ…。スポーツになってる…。

さらに山中の大谷吉継陣を経て東海遊歩道経由で麓に降りましたよ。ゼルがいる所から山4分の1周も離れた所に…。

そこには黒血川が流れていました。ここは天智天皇十一(672)年の壬申の乱の激戦地で、戦死者の血によって川底の岩が黒く染まったというところから名付けられました。ここで勝利した大海人皇子は近江へ進出し、瀬田川での最終決戦に臨むことになります。
何かねぇ…ここの風景がいいんですよ。煉瓦のトンネルがいい味出して…って思っていたら、うまい具合に貨物列車が走ってくれたので夢中で撮ってしまいました。鶯色やあずき色のコンテナは貨物の王道でしょ♪。





かなり頑張ってボロボロよ…  マルス館長 - 2009/09/27(Sun) 23:55 No.139

管理者用 山道のロードワークで結構フラフラになりながら、ゼルの所まで戻りますが、時間的にもう無理なので大垣に向かうことにしました。東軍諸将の陣地やその途中にあった常磐御前の御墓とされる墓碑に行ってみます。公園の中にあったこの墓碑ですが、伝承によれば、実子源義経が異母兄の頼朝と対立して奥州平泉の藤原秀衡を頼りに京を脱出したのち、乳母の千種と共に後を追ったもののこの地で土賊に襲われて非業の死を遂げ、それを哀れに思った土地の方々がここに葬ったとされています。真偽のほどは…もちろんわかりません。

大垣の赤坂宿でようやく所さんと会えました!。思えば京都霊山護国神社の岐阜招魂社、山口の吉敷と訪ね歩き、ついに今回で最後です。
御廟に先駆けて出しました!…って御廟そのものがまだ改装中ですけど…。でも、それももうすぐ復興させますので請うご期待♪。多分年内には…。

赤坂宿には中山道で江戸に向かった和宮様も逗留しています。ですから本陣跡にはその碑もあったりするんですよね。所さんの銅像もあったりして、色合い的には幕末ですねぇ。

そして大垣でちゃんと調査をしてから最後に行ったのが…。奥の細道結びの地(⌒▽⌒)。
元禄二(1689)年8月にこの大垣で松尾芭蕉の「奥の細道」が終わっていることから、句碑のモニュメントやら銅像やらが建ってました。
最後の句は「蛤の ふたみにわかれ行く 秋ぞ」でした。

ちょっと小耳にはさんだのですが、現在放送中の「水戸黄門」…。なんでも御老公と芭蕉翁が大垣でまた邂逅するとか何とか…。って今御老公はみちのく道中の真っ最中ですけど…。中山道も行くのかな?。

そんなわけで、ここでタイムアウト。
何だか白鳳時代から幕末まで…歴史的に濃い〜ぃ一日でした。

最後にこれ載せないとJUNE様を裏切ってしまうんで…。
前回はサーロインステーキだった多賀SAの夕飯。今回は近江牛のハンバーグ定食をチョイスしました(^¬^)。
美味しいです。っちゅうか多分何食っても美味いって状況だったので、全然レポにはなってませんね…。

ってことで…ブログ書いて寝ます…。





何とも!スゴイィ★  JUNE - 2009/09/29(Tue) 22:07 No.140

JUNE様専用 館長!
ちょっとどころじゃなくて相変わらずのタフぶりに
スタンディングオベ〜ション(アカデミ〜授賞式かぁ★)を
してしまいました(マジです^^;)

三成公のあの旗印は以前からずっと気になっていたのです。
館長のレポートでと〜ってもよく解りました♪ものすごく
めでたい!!って良いなぁ。って思いました。
冷静で深慮深い彼の心の中にあった雲の隙間の本当の心意気
だったのかな。

そうそう「レキジョ」をお楽しみ頂けなくて残念でしたが(笑)
とにかく関が原レポート(ちょっと違う?)は大河リアルタイムで
本当に楽しかったです(イヤ・・・ためになりましたm(--)m)
行った事がないのでいつかは関が原!っていつもいつも考えて
いたのです。流石!館長です。

館長の本筋とはちょこっと違うかもしれないけれど。。。
素敵な今回もいつもと変わらずハントだと思いました。
アイちゃんって良い子ですね♪

それにしても美味しいレポートもしっかりとのっけて頂いて
またまた食べたい物が増えちゃいましたぁ★

でもね・・・それどころじゃないんです。私ストレス太りで
一回り大きくなってしまって・・・(涙)生活的にはやつれないと
いけない立場なのですが・・・ハハハ でも・・・食べたい(^^)

今日、私奴がのっけさせて頂く画像は例の琵琶湖レポートでのっけた
映像ばかりですが・・・三成様関連は大徳寺を除きこのくらいしか
ございませんのでご了承下さいね。

マルス館長★龍馬★光秀★三成★玄端★・・・
いやいやまだまだ山ほどいる歴史的愛する人々に
出会いたいといつも思います。(キャハハ・・館長まで歴史的
になってる・・・今夜も酔っ払い〜〜〜)

ここへくると癒されちゃいます。いつもありがとうございます。










Re: 続・ちょっと…じゃなくて、かなり頑張ったよ!  マルス館長 - 2009/09/30(Wed) 23:45 No.144

管理者用 JUNE様、どうもです〜。何だか歴史上の人物になっちゃった…。

ま、1日だけっていうのもあったんで後先考えてませんでしたね。でも半分以上周っていない場所がありますから、宿題と言えば宿題ですね。

旗印は私も正式な呼び名ってよく知らなかったんですよ。何しろ「大安吉日」で事足りてましたから。
三成公にとって「めでたい」ってどういうことだったんでしょうね。豊臣家の繁栄なのか、自らの栄達なのか、世の安寧なのか…。視点によってどうとも取れないことはないですよね。まぁ研究者でもないかぎり、それほど大した問題ではないかな?。それぞれの想いに従えばよいのですから。

レキジョ!。笹尾山ではたくさん人がいたのでさぞかし出会えるものと思ったのに…路傍の石の裏まで探してもいませんでした。
そういえば小さいころからツチノコやネッシーがいるとは聞いていますが、今日まで見たことないし…。
本当にいるなら出て来てみろ(;`O´)o!。
ま、それはともかく…関ヶ原は狭い範囲の中に深く広がっている感じですね。もっと時間的余裕があったなら、各陣地で周囲の風景を見ながら往時を想像していたでしょうね。
でももし行かれるなら、「足」はあった方がいいでしょう。いくら狭いといっても、やはり1つの町ですからね。私もゼル抜きでは短時間で回れませんでしたよ。
それにもっと下調べをしていたら、まだまだ違う見地から風景を眺められたかもしれませんねぇ。元々目的が別にあったためにそこまでするつもりがなかったから、普通の観光になっちゃいました。多少人より早送りでしたが(;^_^A。

ただいずれにしても…アイちゃんに嵌められた…。こっちが先かよ!って…。本当にいい子かなぁ…。いい子なんだろうなぁ…。

ストレス太り!?。やつれる?!!。あまり好ましい状況ではない感じですね。できる限りストレスを受け流して、面白いことのみ無理矢理脳内でクローズアップさせましょう!。案外気持ち次第で楽になるもんらしいです。そしていつの日か多賀SAで御馳走にありつきましょうね♪。

彦根ですねぇ。しばらく行ってないから久々に思い出しましたよ。そういえばあそこのお寺もまだ事実上未踏査…。いろんな想いを抱えて今1度行きたいですね、冬に…(以前夏にヘビが出そうという理由で撤退…)。それと、どんなに史跡巡ろうとも、この頭骨には敵いませんねぇ。何しろご本人ですから全部を御存じなわけで…。

ってことで、私も酔ってきて怪しくなってきましたよ。

意識あるうちに三成公本陣を貼っておきます。

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