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まほろば国立歴史資料館休憩処 まほろび庵
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天誅組  投稿者:昼飯屋 投稿日:2010/07/15(Thu) 09:26 No.352

はじめまして。大変詳しい記述楽しく拝読させていただいております。
ひとつ???な内容が・・・

天誅組壊滅の島村省吾の記述で
「和歌山藩士辻四郎三郎」とありますが正確には「大庄屋辻四郎三郎」ではないでしょうか?

実は私、辻四郎三郎の末裔にあたります。

一度ご確認いただければと思います。




その通りでした。  マルス館長 - 2010/07/16(Fri) 12:35 No.354

管理者用 昼飯屋様、はじめまして。
ようこそおいで下さいました。
あの拙いレポまでもお読みいただいているようで感謝です。

またご指摘ありがとうございました。確かに仰る通り辻四郎三郎さんは大庄屋ですね。早急に修正をさせていただきます。
また、ご子孫としての昼飯屋様には、あらためてお詫び申し上げます。

今後とも是非いろいろとご指摘をいただきたいところです。

ぶっちゃけ手が足りないんですよねぇ…。


本レポ、4月29日分公開  投稿者:マルス館長 投稿日:2010/05/29(Sat) 10:58 No.321
管理者用 あれからちょうど一カ月…。
なのでひっそりと。

http://mahorobas.sakura.ne.jp/isinji/20100429.htm

でも今4日目分書いてる最中…。いつ終わるかなぁ。




Re: 本レポ、4月29日分公開  JUNE - 2010/05/29(Sat) 22:48 No.322

JUNE様専用 すっごぉフゥ━━━ヽ(●∀●)ノ━━━!! 

お忙しい中、ごめんなさい。

(只今少々お酒を頂いているカキコで失礼します)

そうなんだ。。。ゼル君のトラブルは大変でしたが、到着された
場所で理想的?な状況で落ち着いて入神されたのはとても
ラッキ〜でしたね。

ひっそりと心浸る事ができたのでしょう。それにしても
館長のリアル&地に足をしっかりと立てられ、その場で
感じられた事や調べあげられたレポートには感激の一言に
つきます。

ゆっくり時間をかけて史実を改めて読ませて頂きたいと思いました。
とても興味津々です。・・・私事ですが、今、いきなりの自分の
歴史の大事件に遭遇しております。
多分・・・人生でベスト3くらいに入る恐ろしい状態です^^;

館長〜。無理をされませんようにゆっくりと思い出を
思い起こして楽しくレポートを作られて下さいね。

プチでもとても楽しませて頂いていますので★お疲れ様です。





本レポ、4月30日分公開  マルス館長 - 2010/05/30(Sun) 11:20 No.323

管理者用 何?ナニ?なに〜!?。
大事件って何なんですか??。気になって作業が手に…ってそれはそれ(オイッ!)。
まさか五島で…。

ゼルのトラブルはさすがに焦ったよ〜。入神どころか神に召されるかって思ったもん♪。そろそろ修理に出さないと…。

いろいろありましたけど、結局あの日は清運寺の「ネコ」に全部持ってかれました。あれが一番和んだひと時でしたよ。

本レポで一番きついのは、何といってもあの「史実のまとめ」ですねぇ。あれ抜いたらとっくに完成してるんですが、まだ4日目が終わらない…どころか、この4日と5日目が今回の旅のクライマックスなので、相当時間かかりそうです。
だから3日目までは明日までに公開しますが、それから先は…もっと時間くださいね♡。

ってことで、4月30日を公開です。
http://mahorobas.sakura.ne.jp/isinji/20100430.htm

1か月前の今頃は…金谷山で長州藩士達と遊んでた頃かな。




業務連絡…  マルス館長 - 2010/06/01(Tue) 10:24 No.325

管理者用 本レポ、5月1日分まではアップの予定でしたが…都合により(思いっきり加筆の必要が出ちゃった)しばらく順延します。




なんか・・・色々  JUNE - 2010/06/14(Mon) 21:15 No.329

JUNE様専用 館長。お久しぶりです。

いや・・良い事ならいいのだけど・・・
大事件は現在も続行中でございます。

旅など出来ておりません。
がんじがらめで・・・
この家を数ヵ月後に出て行くとか(ハハハ)状態の
パニックでございます。

おりこうにしているんだけど・・・私。

人生には様々な出来事が起こりますね。

でもでも、やっぱり自分の愛する道を歴史やハントの
全ては捨てられません故。

ただ、、、こそっと館長にお伝えできたらと思ったのですが
ツイッタ〜様からはじかれたみたいで(ご無沙汰続きでした故)
また新たに登録しないといけないですね^^;

またご連絡致しますね★

素敵なレポートを楽しみにしています♪

いつもお疲れ様です。




Re:タロットカード   - 2010/06/15(Tue) 10:32 No.330

坂本龍馬2 お久しぶりです皆様。
最近よく当たるタロットカードをしています。

【現在】・・『隠者のカード』
 足元を照らして一歩一歩、つまずかぬように、よく考え、慎重に用心深く行動しましょう。

【問題点】・・『恋人のカード』
 どちらか一方を選らばなくてはならない時がやって来ました。理性ではなく直感で決めましょう。

【気づいている貴方の心】・・『皇帝のカード』
 願望を実現できる活力と手腕を兼ね備え、意思の力によって幸福が手に入ります。

【気づいてない貴方の心】・・『世界のカード』
 あらゆる目的が達成できます。物事が最高潮となり、貴方は成功できます。

【過去】・・『正義のカード』
 貴方自身や相手の想いを冷静に見つめ、明確にする時が来たようです。

【未来】・・『吊るし男』
 なげやりにならず、試練だと思って何事においても努力が必要です。
やけくそになってはいけません。中途半端な状態から逃げ出す努力が必要です。


     グッドラックJUNE様




疲れた時は休息を  マルス館長 - 2010/06/16(Wed) 14:18 No.331

管理者用 JUNE様の大事件って、結構大事件になってそうですね。
でもパニックはまずいですよ。
それこそ他人事のような目で状況の再確認してはいかがでしょう。他人事は冷静に見ることができますからね。

おりこうさんにしてても、勝手に災いが降りかかってくることはありますよねぇ。もう勘弁してよって思いこともありますよ。
で、いよいよ追い詰められた日にゃ…連合軍が攻め込んできたわけでもB29が空襲に来たわけでもない! 死ぬほどのことはないだけマシ!…って開き直ります…。自棄になるんじゃなくて、開き直って落ち着くようにしてます。
まぁ歴史を利用した自己暗示ってとこでしょうか。こういう使い方も出来るんですよ。

ツイッター、ログインしたら多分すぐ行けると思うのですが…それでも駄目なんですか?。

レポの続編は…もうちょいかかりそうです。何しろまだ4日目と5日目で止まってるんです。いや正確にはここが書くこと止まらなくてね…。
きっかけは、書いてる最中にたまたまオークションに出品された「山縣公遺稿」。この本には山縣有朋公が後年小倉戦争について回顧している「懐旧日記」が所収されてるんです。
小倉戦争をもっと知りたい私としては欲しくて欲しくてねぇ…。で、大枚はたいて落札しちゃいました♪。
ただこの本には、北越戦争のことを回顧した「こしのやまかぜ」も所収されてるんです。だからせっかくなんで少しは使おうってやってたら…何かいっぱい書くことになっちゃって…。

そんなことしてる最中に今度は「奇兵隊日記」が売りに出てて…。でも遠征直後の上に大枚はたいて、もう金庫は空っけつ…。
とうとう本代稼ぐために宝くじ売り場でスクラッチ買うほど血迷ってしまいました(;^_^A …。

何かを得ようとすると、いろいろ犠牲を払わなければならないことがあるのは常ですが、錯乱してくると払う犠牲の方が明らかに大きいってことにも気付けなくなっちゃうこともあるんですよね。

1等30万円が30本って…。近畿一円で30本って…。5等100円が60万本って…。それって何百万本の内の30本ってこと…?。当たるか〜っ!。

ってことで…目先の利益に飛び付いた結果…回収できたのは同じマーク2個の100円だけ…。900円戻せ〜っ!

さて…私は900円を取り返すために、犠牲を増やす覚悟でもう一度スクラッチを買うべきなのでしょうか(いや、目的変わってるし!)?。
時間さえかければ、きっと本代も貯まるのですけど。

隠者…それは私の守護カード♪。慎重に用心深く…ですね。おとなしく貯めよかな…。




いっぱいありがとう★気分★  JUNE - 2010/07/01(Thu) 23:47 No.334

JUNE様専用 7月になりました。お久しぶりです。まだまだ、こうして
館長サイトに来る元気が残っていました(*^∀^*)大丈夫★

館長のレポートにぶら下がろうかと思っていたのですが
温かな言葉やら笑っちゃう優しい気持ちを感じてしまいました。
こちらにレスさせて下さいね。

>僕様
タロットカードですね!
遠い昔、はまっていました。
そのカードの持つ美しさや、さかさまの意味や
なんとも奥深く、解りやすく伝えてくれる存在でした。
GOOD LUCK★のお言葉にうるうるとしています。
本当にありがとうございます。

館長。。。宝くじですね(笑)いいですね♪
先日、友人が宝くじ買ってごらん。と宝くじ売り場に
連れて行かれました(私はほとんど買った事がなかったのです)
そして誘われるがままにミリオン???とか言う
1等賞100万円という物を購入しました。
2等賞でも1万円^^;で、それに当たったみたいで・・・
友人が「貴方に当たってよかった」と訳の解らない事を
いいながら微笑んでいました。これってラッキ〜やん。ですね?

多分、今後もご縁があまりないかと思いますが
神様か?誰か?が贈ってくれたささやかな元気の素だなって
思う事にします★

先日の「大河ドラマにない龍馬の真実??」だったかな?
を見てちょこっと目からうろこ部分が幾つかありました。
尊敬する春獄公から得た大政奉還のエピソード★
土佐藩土方さん?からのヒント「薩長連合」★
龍馬は色々な事をプロデュースしたのかしら?
益々可愛いです。

本当の龍馬の生きたその場面をドラえもんのどこでもドアやら
タイムマシーンで見てみたいです。(こればかりやね^^;)

歴史を変えようとは思いません。(耳打ちするかも知れないけれど)
本当の歴史と事実がみたいです。




タイムマシーンと言えば   - 2010/07/02(Fri) 10:30 No.335

坂本龍馬2 「龍馬伝」が終了した来年

昨年ヒットしましたドラマ「JIN-仁」の続編があります。

原作では、龍馬暗殺を防ぐことが出来なかったけれど、

南方仁先生が、龍馬の死後の世界を話し、実際に龍馬を

タイムスリップさせて現代を見せてやり、

その発展振りに、龍馬は満足して死んでゆく(らしい)

テレビではどのように描くのでしょうね。

龍馬が暗殺されなかったら歴史が大きく変わるのでしょうね。




サディスティック・ミカ・バンド!  マルス館長 - 2010/07/02(Fri) 12:39 No.336

管理者用 JUNE様、お元気があるようで何よりです。

宝くじ…当てたいよ…(*ノ-;*)。贅沢は言わないから、2000万くらい…。1日で使いきる自信ありますよ。
なぜかこの手の神様は降りてこないんですよねぇ。どうやったら呼べるか、今度じっくり教えてくださいませんか?。

「大河ドラマにない龍馬の真実??」はちょこっとだけ私も見ました。大河にないって、まだ薩長同盟とかやってないんだけど…って突っ込みつつ…。
でもプロデュースっていうのは間違いないでしょう。
いろんな意見を取り込んで、うまく実情に合った形にアレンジしていくのが坂本さんの才なのかもしれませんね。

ところでさぁ…
こんなん欲しくありません?。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00347B2DK/ref=s9_simh_gw_p79_i1?pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_s=center-2&pf_rd_r=0QS7485DPGKRTH0K09DF&pf_rd_t=101&pf_rd_p=463376756&pf_rd_i=489986

おかげでまた宝くじ買うか真剣に悩んでます…。

事実を見たいというのはいいですねぇ。そこいらのにわかファンに聞かせてやりたいことですよ。特別展「龍馬伝」ではいろんな珍説が周りから聞こえてきましたからね。

僕様、「JIN-仁」の連載が終わりそうな雰囲気感じませんか?。何か周りの人物が徐々に整理されているように思えるのですが…。




Re: 本レポ、4月29日分公開  JUNE - 2010/07/02(Fri) 21:16 No.338

JUNE様専用 えっと・・・サディスティック・ミカ・バンド!ときましたね^^;

あ、ごめんなさい。

館長、レポートはじっくり、ゆっくり、、、楽しみに見せて
頂きま〜す。

>僕様
「JIN-仁」の続編話題★嬉しいです。
僅かしか録画していなくて(その上、酔っ払ってたせいか
大切なJINのビデオテープに紅白歌合戦とか入ってしまったり)
本当に自己嫌悪になっていました。

ぜ〜んぶ録画しておいて置けば良かったと悔やんでも悔やみ
きれないこの頃でした。

だから続編のニュースはすっごく嬉しいです。ありがとうございます。

>館長
欲しいですとも!(←お茶碗^^;)
でも館長同様に悩みますね?復刻ながら亀山窯は
なくなっているのでしょうがないけど「有田焼」な
訳ですし・・・でもでもあの図柄は龍馬の物語では欠かせないし。

そっか・・・そういえばまだ薩長同盟までに至っていないですものね。
土佐の土方さんって知らなかったし、いろいろと不思議なお話が
あの番組に出ていたのでアタフタしていました(笑)

何が真実かは解りませんが、ただただ龍馬をこよなく愛す〜
の気持ちは永遠かもです。




シル〜クハットが揺れるわ〜アハハ〜ン♪  マルス館長 - 2010/07/03(Sat) 12:01 No.339

管理者用 まぁ同じ肥前の焼き物ということで、ひとつご納得いただければ…。本物の亀山焼なら一ケタくらいは軽く上がって、手が出ませんしね。

っていうかね、こういうのもあるんですよ。
http://www.ijam-shop.com/meshiwan.html
そこまで再現しなくても…。まぁこれは実用じゃなく観賞用ですね。

普通なら即買いなんですが、いろいろとモノ要りでねぇ…。遠征が終わってひと段落したら、毎月1個ずつで最低でも4つは買おうかなv(。-_-。)v。多分…。

ひとまずこれ買って夏を凌ぎます♪。
http://www.shinise.ne.jp/benrido/item/11799/

しかし…何でこんなに宣伝してるんだろう…。

薩長同盟は福岡藩の月形洗蔵さんまで掘り下げたら金鵄勲章モノですけど、普段なかなかそこまで光が当たらないんですよね。もっと福岡もPRしないといけないなぁ(郷土愛か?)。

わからないから空想も入る余地があって面白いんですよ、きっと。気持ちさえ維持できればいつまでも楽しませてくれることだと思いますよ。




Re: 本レポ、4月29日分公開  JUNE - 2010/07/03(Sat) 21:24 No.341

JUNE様専用 ほうほう・・・お茶碗の直しまでリアルに作っているのですね。

館長と同じく・・・どうしてここまでやるん?と思いました。
でもやっぱ欲しいなぁ。

私も龍馬の和服のペットボトルケース欲しいな^^;
今使っているのは何故か冬のフードが付いているお洋服の
物なのです。(ちょこっと恥ずかしいし)
やっぱり龍馬バージョンがいいな♪

館長のレポート。いい加減な気分で見ないでマジ見したいので
気合が入ります(まだ未見でございます)

やっぱり龍馬が恋しい気分で昨夜から館長に頂いた
「お〜い竜馬」を見始めました(何度目かな^^;)

館長に頂いたビデオは全てが宝物です。
ここを出ていく時もかならず私の大切な品として
持って行こうと思っています(感謝です)




あちこちでレプリカ売ってるし…  マルス館長 - 2010/07/04(Sun) 13:35 No.342

管理者用 飯碗、まぁ今すぐ無くなりそうな感じでもないんでボチボチ攻略しましょうか。

ペットボトルケースの方は、季節がら必要ですしね。持ってて損はないかなぁ。京都文化博物館で見つけた時には速攻で買っちゃいました。
だいたい春の遠征のレポでさえまぁ何とかかんとかようやく仕上がりそうだっていうのに、一方でもう夏の遠征の準備に追われてるっていう…。
普通ならちゃんと区切りつけなきゃいけないのに…。

そういえば、前回の『龍馬伝』ではいいシーンがありましたね。
「本日、ただ今を以て、神戸官軍操練所は幕引き、だが、これが、ここからがおめえさんたちの船出である」
って。
あの一連のシーンはよかったです。でも何でうちに限っては幕引く前に船出しなきゃいけないんだろう…( -.-) =з。忙しゅうてたまらんっちゃ…。

そんな状況のわけですから、「お〜い竜馬」はマジ見してくださって結構ですが、うちのレポはお気楽に願います。またプレッシャーかかるから。


プチレポート@  投稿者:マルス館長 投稿日:2010/05/07(Fri) 12:10 No.300
管理者用 本レポはか〜な〜り時間がかかりそうなので、軽〜い報告だけ♪

4月29日はほっとんど移動でした。

京都東インターから入って、途中死ぬかと思うハプニングを乗り越えて下諏訪についたのは13時過ぎ。
ちょうど御柱祭だったため、町中が飾り付けられている中を魁塚へ。
ただ、ナビに登録した場所が微妙にずれてたおかげで、正しい場所を探すために方々走り回りましたよ。

で、着いたら…何か華やかなことになってました。提灯が似合うところじゃないですね…。

そっから甲府へ移動。途中富士山が見え出したときはさすがに感動しましたよ。

甲府では速攻さな子様のもとへ移動。びっくりするほど誰も来なかったので、じっくり大河のことを褒めておきました(実際はこんな上から目線じゃないですよ!)。

そして少し時間があったので、甲陽鎮撫隊が目指した甲府城へ。
正直富士山がもっと見えたらとも思いましたが、とにかく京都以上の盆地だってことがよくわかりました。





プチレポートA  マルス館長 - 2010/05/07(Fri) 12:23 No.301

管理者用 4月30日もほっとんど移動です。

長野県縦走ということで、北アルプスの山々の傍を抜けるんですが、とにかく寒い!。本気でカイロ使おうか悩んだほどです。写真は諏訪湖です。この辺はまだ温かかったのですが…。

越後高田では金谷山の官軍墓地に。ここは西郷さんの弟吉二郎さんも眠るところです。写真は長州藩墓地です。
山の裏側には会津藩墓地があります。戦後この地で傷病没したり、この地に留まって亡くなった会津藩士たちの墓碑が並びます。

そこから柏崎へ。風強くて吹っ飛ばされそうでしたよ。
着いてから早速お仕事。写真は途中で見た綺麗な風景です。
そして柏崎の招魂場。ここには生田万さんや高杉さんを助けた日柳燕石さんの墓碑があります。

結局一日で1000枚以上の写真を撮ったので、ホテルに着くや速攻で写真データをPCと外付けHDに保存してます。





プチレポートB  マルス館長 - 2010/05/08(Sat) 12:04 No.302

管理者用 5月1日はいよいよ長岡入り…なんですが、まずは大きく長岡を逸れて会津塩沢の河井継之助記念館へ移動です。
ここへ着くまでの風景は凄まじく、実に辛い行程でしたが…写真10枚限定なので、ここではオミット♪。本レポで語らせていただきます。

記念館はちょっと奥まったとこにあり、車だとどうやって線路を越えるんだろう?って思うような所です。
中に入れば河井さんが出迎えてくれました。そしてその河井さん終焉の間が建物内に移築…ではなく、ダムの底に沈んでしまうため移築の上でこの建物を建てたというべきでしょうか。
そして何と言ってもガトリング砲!。大きさだけなら日本陸軍の山砲や野砲に匹敵するド迫力です。
建物を出て3分ほど歩くと医王寺の河井さん墓碑があります。官軍に被葬者を悟られないよう祠型にする配慮がみられます。

それから長岡に入りちょこちょこお仕事。長興寺では山本帯刀・五十六さん墓碑、栄涼寺では河井さんや長岡藩主牧野家歴代墓碑などなどを訪ねます。

全部終わって、いよいよ本日のお食事♪。しかしそこでまたしても肝胆寒からしむ事件が!。

続きは本レポでね♪(どこまで煽る気だ…)。





Re: プチレポート@  JUNE - 2010/05/08(Sat) 23:44 No.303

JUNE様専用 なんか・・・プチなのに・・・プチじゃな〜い
キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!

館長、GWは全国的にめちゃくちゃ綺麗なお天気で
本当に良かったですね♪
でも、そちらは少し寒かったんや。

本当に本当にお疲れ様でした。

今夜、龍馬暗殺のミステリー番組がありましたが
千葉さんちのさなこ様のお墓は人だかりの雰囲気でした。
静かにさな子様とお話された館長はラッキ〜でしたね。

山本五十六さんの墓碑もご覧になられたのですね。
それ以外にもいっぱい目の当たりにされて、
とてもとても充実の休日を過ごされて良かったです♪

お写真のゼル君もお元気に健在で・・・
持っているのに新たにゼル君画像を保存してしまいました^^;

良きハントと良き旅で本当によかったです(*^_^*)
くれぐれもお疲れがでません様に。




プチレポートC  マルス館長 - 2010/05/09(Sun) 15:37 No.304

管理者用 JUNE様、これでも書きたいことを抑えてるんですよ。途中経過も割とカットしてますし、全ては本レポのためにとってあります♪。
っちゅうか、あまり関心集めそうもない所が多いもんで…。
で、なるべく簡潔に毎日一週間前の出来事書いてます。

天気に関しては文句なしでしたね。お礼に今から梅雨入りしたって決して文句は言いませんよ。
寒かったのはやっぱり地形的な問題が多いと思いますよ。とにかく一週間の中に四季を凝縮したような感じで自律神経がよく順応したと我ながら感心してます。

番組見た見た!。すっごいいっぱい人いましたね。正直ヤラセじゃないかと疑いたくなるほどひっそりしてたんですよ、行ったときは。まさにラッキーだったと思います。

山本さんは多分河井さん以上の長岡の英雄でしょう。実際山本さんが連合艦隊司令長官になったときは、これで戊辰での賊軍の汚名が雪がれたと言われたようですから。
まぁ何にしても、今後これ以上の充実はそうそうないと思いますよ。

ゼルは健在です!。ただ…今回の旅はゼルにとって受難の旅だったかもしれません。とにかく随分ひどい目に遭いましたからね、お互いに。でもゼル抜きで今回の旅はありえませんし、まさに一番の戦友かも?。


さて、5月2日は私の中で事実上のクライマックス、朝日山・慈眼寺・船岡山公園巡りです。

まずは司馬遼太郎原作の『峠』という表題の原点、榎峠です。
最初の写真はこの近く、越の大橋のたもとに司馬さんの石碑があるんですが、その辺から望んだ榎峠です。
峠の麓にある赤い屋根の辺りに榎峠古戦場の石碑があります。その右側、木も生えていない部分は、先の中越地震で、悲劇と奇跡の救出劇の場所となった崩落現場です。

実際の榎峠古戦場碑は案外小さく、榎峠自体も登るのは無理のようです。

それから浦柄の朝日山古戦場登山口へ移動です。登山口には浦柄神社があって、ここで戦死された会津藩殉難者21名22基の御墓があります。写真は白虎隊士・新国英之助さんの墓碑です。
ここから山頂まで、案内掲示によると歩いて70分らしく、中越地震で道が崩落し、山頂までゼルで登るのは不可…。選択の余地はないんですね…。

そこから40分で山頂まで辿り着きました…。きっついよ…。おかげさまで山頂では若干へたりこみました。でも、何と言うか天気が良くて春っぽくて…弁当でも食べたい気分でしたね。

山頂付近には東軍兵士の御墓、塹壕跡、さらには地震の崩落跡が残っています。写真は崩落跡と、もう一枚は展望台から見た榎峠です。

降りたら降りたで休む間もなく慈眼寺へ。

ここは小千谷会談の現場であり、地震で倒壊寸前までなった現場でもあります。
しかし行ったときはすっかりそんな感じは消えていました。
会見の間を拝見すべく、お願いに向かったのですが…結果的に御住職と1時間半にもわたっていろんな話を伺うことができました。取材に来た司馬さんのこと、前日行った只見の医王寺は実は慈眼寺との兼業住職だったこと、果ては…絶対公には書けないことまで…。

慈眼寺の近くには船岡山公園があり、ここには小千谷で戦死された西軍の方の墓地があります。しかしここは桜の名所でもあり、しかもその桜が今満開…。おかげで衆人環視のようなお仕事になりました。何かやりにくいぞ…。

そして最後が悠久山公園の蒼柴神社。東京の済海寺から移転した牧野家墓所と、長岡藩戦死者を祀る招魂場があります。
ここも桜の名所で、露天もたくさんあり賑わってましたが、墓所ではついに誰とも会いませんでした。ま、こんなもんでしょう。

それにしても疲れた一日でしたよ。





プチレポートD  マルス館長 - 2010/05/10(Mon) 11:35 No.305

5月3日、ようやく長岡市内オンリーでじっくり戦跡巡りです。まずは八丁沖古戦場の1つ、大黒神社。
ひっそりこっそりまったりと眺めるはずが…何か意外な展開に!。何でゼルの前に…。

それから大黒古戦場パークへ。山本五十六「中将」揮毫の石碑に桜が舞い…このまま読書しながら弁当食べたい…。八丁沖はもともと底なしの湿地帯でしたが、今では果てしなく田園風景が続いてます。

その後もいくつか周ってたんですが、その結果…なぜか長岡のレッドバロンへ行く羽目に…。ゼルに何が起こった?!。

気を取り直して「維新の暁鐘」を見に西福寺まで。これは西軍が信濃川を渡河して城下に上陸した際、敵軍来襲をしらせるために乱打されたそうです。

その上陸地点にも行ってみました。城まで最短距離の場所から上陸したんだなってことが、体感的にわかるから、現地に立つ意味があるんですよね。

その後もちょこちょこ仕事してから山本五十六記念館へ。遺品は手紙が中心。目玉は撃墜された長官機の左翼ですね。
そして近くの山本記念公園へ。ここには空襲で焼失した生家が復元されています。

そしてさらに河井継之助記念館へ。ここにもガトリング砲がありますが…只見のとは全然違う!。何とも謎多き重火器です。





プチレポートE  マルス館長 - 2010/05/11(Tue) 12:24 No.306

プチレポもいよいよ福井編です。

5月4日は長岡最後のお仕事、加賀藩士53名の御墓を訪ねに郊外まで。
そこでいきなりこの時期はいないだろうと思っていたヘビに遭遇!。腰抜けそうになりました。あと2か月寝てろ!コノヤロ〜!!。

そこから一気に福井へ移動、結構きついですね…相変わらず日本海の風が…。

着いたらすぐに左内公園へ。思いっ切り逆光でした…。
墓碑は公園の奥手にあるのですが、鎖で仕切られて近くまで寄れませんでしたよ。

その後莨屋跡へ。一介の旅館なのに石碑まで建ってる…。これはひとえに、坂本さんが慶応三(1867)年11月2日に、泊っていたこの莨屋で丸一日福井藩の三岡八郎さんと会談した場所だからでしょう。坂本さん暗殺前の最後の大仕事だったかもしれません。

それから福井城跡の傍にある福井神社!。ここは賢君松平春嶽侯が祭神となっています。元々桧皮葺の社殿があったようですが、空襲で焼けてしまい、再建時に従来の様式にこだわらない形にしたら、角柱の鳥居とか平べったい社殿という奇抜なものになっています。
春嶽侯の銅像は城下を睥睨してます。

最後は北の庄城址に建つ柴田神社です。ここには北の庄城の遺構と、勝家・市夫妻の像が立っています。





プチレポートF  マルス館長 - 2010/05/12(Wed) 12:45 No.307

5月5日、最終日です。

最初は福井城周辺の残りを散策します。

まずは中央公園で由利公正さんの銅像見てから佐佳枝廻社へ。ここは藩祖結城秀康こと松平秀康公、その父家康公を祀るために春嶽公が創建したもので、その春嶽公も後に合祀されてます。

それから場内へ進入です。往時からの建物はなく、県庁と県警本部が鎮座しています。
入口で秀康公が出迎えてくれますが…伊達正宗公や高杉さんといった騎馬姿の銅像に比べると…何かお茶目です。
奥に天守台がありますが、向かいにある控天守の石垣が陥没してます。
これは昭和二十三(1948)年の福井震災によるもので、福井城城壁の数カ所にもその影響と思われる歪みが見られます。

そして左内公園の近くにある西光寺へ。
ここには勝家・市夫妻の墓碑が立っています。
向かいには資料館もあり、中にはお二方の像と御位牌がありました。

そしてそして、今度は少し移動して、東大味町にある明智神社です。
見た目からして…しょぼい!。
だけどそれもそのはず。そもそも主信長公を討った光秀公は、長らく逆臣としての烙印が押されていたのだから、堂々と祀られるはずもなかったのですね。
ただ、この地域は本来光秀公が朝倉家に仕えていたころ屋敷を構えていた場所であり、お玉さんもここで生まれたのです。
後年信長公に仕え、勝家公が越前一向一揆を平定する折に、光秀公はこの地の安堵を勝家公に依頼したため皆殺しにならずに済んだということです。
その恩義があるからこそ、目立たせなくとも真摯に現代までお祀り申し上げているというわけです。
いわばこのしょぼさこそが、その真摯な報恩の証なんでしょうね。
壮大でも徳川幕府によって破却された豊国大明神こと豊臣秀吉公廟所と比較すると…皮肉ですねぇ。

傍らにある墓碑には「「理言久意信士」の法号と「天正十年六月十三日」の没年が刻まれてます。無論この日は光秀公の御命日です。

さて、そこからさらに移動して…一乗谷朝倉氏遺跡へとやってきました。
思ったより広いです。感じとしては大宰府跡によく似た史跡ですが、一角に往時の町並みが再現されたりしてました。
写真は朝倉屋敷跡です。一時は十五代将軍足利義昭公も頼ったほどの勢力を誇り、一時は信長公すら追い込んだものでしたが、最期は従兄弟である朝倉景鏡公の裏切りによって自害に追い込まれました。
その脇には、朝倉義景公墓所があります。

時間があれば山城の方にも行ってみたかったのですが、なにぶん帰省ラッシュが予想されるので、巻き込まれないうちに撤収です。

これを以て7日にわたる遠征は終了。
ホントにきつかったよ〜…。今までみたいに移動中に寝るってことができなかったから…。ってか、一週間前にこんなハードなことやってたの?っていう感覚でしょうか。
でも面白かった〜♪。





思い出しました!!  もへい - 2010/05/15(Sat) 20:11 No.309

松平春嶽 取り敢えず神勢館の乱のメンバーの墓があった理由を調べました。
どうやら古河藩に預けられたようです。そしてそこで切腹させられています。
今回はその写真も掲載させて頂きます。

いや〜春嶽を祀った神社なんて最高ですね〜。
噂によると分骨墓が福井にあるらしいんですがねぇ〜。
明智光秀の供養墓が福井にもあったのは初めて知りました。
でもこれだけ行けば、当分休みたい感じになるでしょう!?





私も思い出しました…  マルス館長 - 2010/05/16(Sun) 11:55 No.310

もへい様、追跡調査ありがとうございました。
やはりそういった事情だったのですね。しかも一人じゃない…。おまけに榊原さんって…天狗党の中では大物…。神勢館は大発勢が入ったところですから、不思議じゃないですけど…。そういえば榊原隊は投降して古河藩預かりでしたね。すっかり忘れてました。
もへい様のレポ読んで、勝手に一人の無名戦士だと思ってたからびっくりしました!。
相変わらず驚かせてくださいますねぇ(^▽^;)。

福井神社と佐佳枝廻社は結構近いので、歩いても周れますよ。いずれ参拝の時は来ると思います。
分骨墓の存在は確認できませんでしたが、あっても不思議ではないでしょうね。何しろ福井の神様ですからね♪。
光秀公のことはね、私も知らなかったんですよ。
っていうか、朝まで泊まってたホテルが、私の手違いで禁煙ルームになってたんです!。しかたないからロビーで一服しようと思ったら…ロビーも禁煙…。
そのまま引きさがるのも悔しかったから(何の意地だ?)、新聞読んだんです。しかも無作為に取った新聞を。
そしたら…


 主君の織田信長を討って「逆臣」の汚名を着せられた明智光秀を祭る福井市東大味町の「明智神社」が、近年の歴史的再評価や歴史好きな女性の増加で注目されている。全国各地からの参拝客が増え、山あいの集落にちょっとした“戦国ブーム”が起きている。

 光秀と越前のゆかりは深く、美濃を追われた光秀が朝倉義景に仕え、居を構えたのが一乗谷朝倉氏遺跡の南西にある東大味土井ノ内。後の細川ガラシャとなる三女が生まれるなど、この土地を愛した光秀は、信長の朝倉攻めや一向一揆討伐の際にも、東大味を守るよう柴田勝家らに計らい、戦禍から救ったとされる。

 屋敷跡に住む三軒の農家は、遺徳を忘れず光秀の木像を「あけっつぁま」と呼んで四百年にわたり、ひっそりと守り続けた。明治期には中傷に耐えながら祠(ほこら)を建て秘仏を奉ったという。

 農家の子孫の土井内儀太夫さん(84)は、週末や行楽シーズンには多いときで一日約二十人の案内役を務める。年配の男性や家族連れに交じり、最近は若い女性も目立ってきたという。

 「昔は後ろ指をさされたこともあったが、今は全国から多くの人がみえる」と土井内さんは喜ぶ。北九州市から訪れた向畑(むかいばた)一彦さん(69)と妻の妙子さん(60)は「領民思いの優しい一面があったのですね」と感心していた。

 現在は地区住民らによって奉賛会が組織され、狭い敷地内には光秀にまつわる資料館が建てられており、今年も六月十三日の光秀の命日には法要が営まれる。


なんて記事が書いてあるんですよ。
これはいっちょ行ってみるかってことで、急遽コースに入れた次第なんです。
だからこれは思わぬ偶然から得ためぐりあいだったんです。
あ、本レポのネタ使っちゃった〜〜〜〜〜((((((ノ゜凵K)ノ…。
後でこっそり転載しよ…。

ってことで、休みたいです!。とっても休みたいです!!。
でもね、本レポ作成もあるし、何より御廟に北越戦争編を急いで作りたいんです。
理由は…北越戦争が新暦の6月に始まってるんで、できたらその辺に合わせたいなぁってことなんです。ただ会津戦争編でそれやって無茶苦茶きつい思いしたんで、ちょっと実現するかどうかは厳しいです。ざっと思いめぐらせただけで400人はいますから、天狗党並みに大変…。
やっぱり現実逃避で休もうかな…。
でもそれを逃げたところで、夏の遠征プランも立てて準備に入らなきゃいけないし…当分忙しい!。

写真はもへい様が行った時雪に埋もれていた蒼紫神社の河井・山本招魂墓です。





なんかもぉ〜大満足!  JUNE - 2010/05/18(Tue) 11:53 No.311

JUNE様専用 館長、もへい様 ご無沙汰しております。

いや〜プチなんて言えない館長のレポートを読ませて
頂いていたら・・・やばっ!!!もう40分も経過して
お仕事サボってました(ハハハ)

と言う事で館長のお陰で素晴らしいBGMに包まれている
この数日でございます(感謝)

佐那さんの物語を「告白」BGMと共に読ませて頂いていると
様々な思いが駆け巡りました。
また、小田切謙明と奥さんとの繋がりが佐奈さんのお墓へと
たどりついたり、龍馬との結納の事、佐奈さんの心の中に
しまわれていた大切な事を私なりに深く感じました。

(館長〜〜★驚きです。)
あの冊子の発行日「2010年11月15日」になってるの。
未来です!未来!しかも龍馬の日(*^_^*)

プチレポに関しても沢山感動を頂き(本当のレポートは
凄すぎるのでは?!プチと名の内容がこんなに凄いのに)
とお疲れの館長を心配しております。

もへいさんと同じく春獄公の神社や龍馬と三岡さんとの会談の
旅館は「竜馬がゆく」やドラマが甦りました!
光秀公の本でも重要な地として知られる福井市なのですね。
あ〜〜〜行ってみたいな〜〜。
落ち延びてひっそりと貧しい暮らしをし、朝倉家に仕えて
いた場所だなんて。憧れてしまいます。

明智公話題はいいなぁ〜。(柴田さんのお話や
朝倉さんの事もとても興味深いですよ^^;)

「明智神社」がしょぼい、しょぼいの連発でしたね(爆笑)
でもそれってとても意味のある事で歴史の風は嘘を言わないと
言う事にも繋がります。

今年も長岡の光秀祭りには行きませんでしたが、この時期に
なるとふと思い出します。

そうそう「慈眼寺」と聞くと、天海上人、光秀公が浮かんで
それだけでどきっ!とするのに何ともご住職と沢山お話をされ
たのですね。
司馬さんのお話や秘密のお話を聞かれ、住職と出会われたのは
とても幸運でしたね♪

旅先での人との出会いは格別なものですが、それにもっともっと
拍車をかけて凄いお話を聞かれたのですもの
それはそれは心が躍り、温かくなられたと思います。
本当に良かったですね。

いつも長いカキコでごめんなさい。

戦国時代から幕末戊辰まで・・・
猛スピードの館長のレポートにとても癒されました。
(本レポートに向かってまっしぐらの現在だと思いますので
返信は不要ですよん(*^_^*)/ )

素敵なGWに素晴らしい体験を沢山されて本当に良かったですね。

館長&ゼル君、お疲れ様でした。




Re: プチレポート@  マルス館長 - 2010/05/19(Wed) 17:03 No.312

JUNE様の大事な時間を40分も空費させてしまい、申し訳ございません。
仰る通り、今本レポで喘いでます…。赤報隊だけで3日、ガトリング砲だけで2日もかかり、まだ3日目を書いてる最中です。
できあがったら2時間は空費させるくらいのボリュームになる…のかな(?_?)。

何やら伝言も佐那子さんから届いたようで、ようやく私の任務も完了というところですね( ̄。 ̄)。
でもさぁ、いくら私がかっ飛ばしてからって、なんぼなんでも未来の書を持ってこれるわけが…あった〜っ(゜ロ゜;)。
ウっソ〜ぉ…どういうこっちゃ…。ゼル…時を越えちゃったよ…。競馬新聞も買っとけばよかった…。

福井はこないだの「龍馬伝」見てびっくりしました。お〜行った行ったって。これまでも行ったことある場所はかなりありましたけど、行った直後に見るのは気持ちいいですよ。
少々経費はかかりますが、福井なら電車でもギリギリ日帰りできる距離ですから、どうですか〜。

あけっつぁまは、もちろん敬意をこめての「しょぼい」ですゞ( ̄∇ ̄;)。
プチレポでもちょっと触れましたが、3日目に行った只見の河井さんの御墓が同じ意味合いを持っているんですよね。祀る気はあるけど、真相がバレたら自分たちだってタダでは済まないかもしれないっていう危険性があるんです。
実際長岡に建てた河井さんの御墓は、河井さんが長岡を戦禍に巻き込んだと思い憤った人々によって維新後も度々破壊されたそうです。
だから事実を秘匿しながら、祠型の墓碑として供養し、顕彰し続けてたんですよね。
初日に行った下諏訪の魁塚も、建てるのには覚悟が要ったのかもしれませんよ。
ま、こっちの方は政府も掘り返したくない事情もあって見ぬふりしたのか、相楽さんの孫で、相楽さんの雪冤に奔走した木村亀太郎さんが大正元(1912)年に魁塚を訪れたときに立派な碑が立っていてびっくりしたし、祖父を慕ってくれた地元の方々の想いに感動したって逸話があります。
裏の事情が分かれば、見方も全く変わる好例でしょうね。

慈眼寺…まぁ確かに同じ名ですね。しかも今回の旅には河井さんも光秀公も墓参することになり…偶然にしちゃよく出来た話ですよ。光秀公だけ予定になかったんですから。ひょっとして呼ばれた?!。
ご住職のお話は感銘深いものから、お寺の沽券に関わるようなものまで、どう見ても馬の骨だろうって私によくもまぁそこまでお話しくださるものだとたじろいでました。案外誰にでも喋ってるのかなぁ??。書いてもいいのかなぁ???。
出会いはそれこそ毎日ありましたよ。中でも長岡で出会った方々は特別思い出深いですねぇ。越後の風はまだ冷たかったのに、仰る通り温かくなりましたよ。っちゅうか、みんな隠し玉が凄すぎる!。

本レポ…はい、頑張ります…( ̄0 ̄;)/。





Re: プチレポート@  JUNE - 2010/05/19(Wed) 18:06 No.313

JUNE様専用 空費なんてとんでも無いです。
すっごく興味深く見せて頂きましたよ♪

こちらこそつまらないカキコで本レポートの
お邪魔しちゃってごめんなさい。

ところで・・・ね?ねっ?あの冊子の発効日は
未来の本だったでしょう?
あけっつぁまに呼び出されたのかも(佐奈さんとの繋がりは
無いとしても・・・)

「しょぼい」光秀公の社を大きく見せて頂いて嬉しいです♪
ありがとうございます。
のどかな場所にキラキラと日差しが美しく良い場所ですね。
地元の方の長い間の気持ちをきっと受け止めて下さってますね。

ところで昨日の「なんでも鑑定団」の龍馬の写真は
興味津々でしたね。お龍さんからもらっただなんて
凄い事ですものね〜〜〜〜。
龍馬の写真は日本の宝だとコメントがありました。
龍馬ったら・・・もう神様みたくなっちゃいましたね。

そうそう、、、余談ですが(←レポートの邪魔だわ)
某NHKの月曜日PM10:55放送の
「タイムスクープ」という番組をご存知ですか?
何やら新しい番組らしいのですが、最初に見た時は
ハンドカメラだし、素人さんみたいな人ばかりだし、、、
変な番組〜〜〜(;^_^A って思っていたのですが、
どうやらはまりそうなんです。

歴史をさかのぼり、ちょっとしたスクープを現場から
レポートするのですが、とてもリアルで、人間味溢れて
いるのです。僅か30分だけど面白いです。
(放映終了になりそうな予感もございますが・・・)

あらら・・・またまたお邪魔しました。




Re: プチレポート@  もへい - 2010/05/19(Wed) 23:00 No.314

松平春嶽 山本帯刀と河井継之助の招魂墓ありがとうございます。
僕の行った際は、一面雪景色でした(笑
いや〜あのせいで牧野忠篤子爵でしたっけ?あの蒼柴神社のみに墓碑があるお墓を目当てで行ったのですが太陽が雪に反射して見辛いったらなかったですね。
山本さんと河井さんの菩提寺の墓碑は見てこれたのですが小林虎三郎は時間の関係上無理でした。

小田切家で誰かが貴族院議員だった気がするんので行かなきゃならないようです。
千葉さな子さんも行きたいですしね。
谷中にあったとされる場所は、別サイトで知ったので今度行ってみるつもりです。
現在の合祀先の八柱霊園にも小出光照とともに会いにいかねば!!

私事ですが、最近こちらも千葉さな関係で動きがありました。
我が足立区千住には、さなさんの実家千葉家の灸治院があったのですがあった場所を知ることは至難の業でした。
しかし今月だったか先月にお手製の案内板が完成しました。
とても分かり辛いですが、見つけた時は感動ものですね。

JUNE様の観た「タイムスクープ」は僕も毎回楽しみに見てます(笑
要潤(でしたよね?)が取材しながら江戸時代辺りを中心に庶民の生活を中心にやっていますよね。
僕が見た時は、箱根の関所を越えるまでのやつが一番記憶に残ってます。
毎回何かしらアクシデントが起きるという設定がこれまた良いんです。
館長もいかがですか!?

写真は蒼柴神社の雪景色です。
このせいで招魂所が殆ど観れませんでした。





Re: プチレポート@  JUNE - 2010/05/20(Thu) 06:53 No.315

JUNE様専用 館長、お先レス失礼致します。

>もへい様
佐那さんちの灸治院は平成12年まで実在していたそうですね?
維新後、千葉家は桶町から千住仲1番地(国道4号と墨堤通りが
交わる一角)に移り灸治院で生計を立てていたのですね〜
(館長に頂いた未来冊子より)
もへい様のお住まいの近くなのかな?(*^_^*)

釈迦に説法かと思いますが、先日頂いた未来冊子に
気になる事が記載されていました↓

佐那さんは明治29年10月15日足立区千住で生涯を閉じ
遺骨は谷中に埋葬されたが現存していない。
また、明治25年佐那さんの養子になった勇太郎という人が^^;
佐那さんより1年前に亡くなっていて、佐奈さんが
谷中霊園に埋葬したそうです。

そして例の小田切謙明さんの奥さんが谷中にお墓参りに行かれた
時、誰も尋ねてきた様子がなく、このままでは佐那さんが無縁仏
になると思い、分骨をしてもらい小田切家の墓所に埋葬された
と伝えられているのですね。大元のお墓が現存していない???
ちょっと不思議です。

それと、私は知らなかったのですが
甲府の自由民権運動家・小田切謙明(明治初期、板垣退助の
自由民権運動に参加)も佐那さんからお灸をすえてもらって
いて、謙明を通じ佐奈さんと奥さんとの親交も続いたとの事。

きっとご存知な事ばかりだと思いましたが、興味深い事だったので
カキコしちゃいました(;^_^A (館長ありがとうございます)

そうそう「タイムスクープ」はまだ2度しか見ていないのですが
箱根の関所を越えるお話もあったのですね?面白そうだなぁ〜





Re: プチレポート@  マルス館長 - 2010/05/20(Thu) 12:33 No.316

どういうことかわかりませんが、JUNE様のご指摘通り未来でしたね…。ってことは、最初から最後まで、あけっつぁまに私の行動は支配されてのでしょうか(゜ロ゜;)。

明智神社はホントにいい場所でしたよ。
ただ…あそこに行ける交通機関ってあるのかなぁって思うほどの所です。まぁ近くに行けば案内板だけはしっかりしてたので、迷うことはないと思いますが、そこへ行くまでに結構迷いそう。

あの写真はねぇ…きっとブロマイドの類だろうから、2万くらいと思ったのですが、早速前フリで全否定された揚句、100万の値が付いてびっくりでした。やはり古写真は難しい…。
ところでその日本の宝、もうじき京都に来ますからね。
http://www.bunpaku.or.jp/exhi_ryoma.html
3日間限定だから、神様の降臨を狙ってる人は多いと思いますよ。

タイムスクープ…知らんかった…。JUNE様ともへい様が評価されてるのだから、見る価値ありそうですね。次回からチェックしてみます。
しかし要潤って…G3か…。さすがにユニット装着はしないよな\(-_-;)。

もへい様と私って1月半ずれてたわけですが、物凄い雪ですねw(@o@)w 。こりゃ突入はきつい…。
私の時は「桜まつり」でしたよ。お互い普段の季節感で長岡入りすると、あれれ?ってことになりますね。
虎さんの墓碑と招魂社の入り口貼っときます。

貴族院議員だったのは小田切謙明さんその人のようです。伝聞調なのは、ネット上でそう言われてるんですが、甲府城内にある小田切さんの顕彰碑に山梨の県会議員や市会議長になったことは書いてあるものの、貴族院のことが見られないからです。ちゃんと腰据えて調べればわかるのでしょうけど、今は別件で振り回されてるのでね。一応写真つけときます。撰文は板垣伯です♪。

佐那子様のことは…JUNE様ありがとうございます。もう私の書くことなくなっちゃった(⌒▽⌒)。あ、でもちょっと補足。
千住仲1番地は現在の千住中町だそうです。あんまり変わらんか…。
でも案内板できたんですね。頑張った方がいるのですね。





Re: プチレポート@   - 2010/05/20(Thu) 15:09 No.317

坂本龍馬2 >JUNE様

【千葉さな子さんの墓について】
最初に埋められたお寺は東京都谷中にある天王寺ですが、戦後、松戸市田中新田に在る東京都立・八柱霊園の無縁塚へと移されています。

★千住に「千葉灸治院」を開業。
自由民権運動家の板垣退助も治療した。
板垣の紹介で甲府出身の自由民権運動家、小田切謙明も治療し、小田切夫妻と懇意になった。
 58歳で病死し、東京の寺に埋葬されたが、無縁仏となることを哀れんだ謙明の妻豊次が分骨して小田切家の菩提寺である清運寺に墓を建てたと伝えられる。




Re: プチレポート@  JUNE - 2010/05/20(Thu) 16:35 No.318

JUNE様専用 >僕様

千葉さな子さんの墓について詳しいコメントをありがとうございます。

佐奈さんの分骨されたお墓は無縁塚に移されたのですか・・・
何となく寂しいですね。
時代の流れや墓守がいなくなるとそうなってしまうのですね。

>館長

本家本元がご上洛ですかぁ!!!(すみません、急にm(_ _)m)
えっと・・・館長は京博の年間館員様でしたよね♪
3日続けてお目にかかりに行かれるのでしょうか?
(私は行けるかどうかちょっと自身がありません。
館長お得意の盗撮(失礼^^;)を宜しくお願い致します)

きっと長谷川等伯の時の様に長蛇の列になるのでしょうね?

「2010年11月15日」
この未来って何とも神秘的で素敵です!
呼ばれるように館長が行かれたのかもしれませんね。




Re: プチレポート@  もへい - 2010/05/20(Thu) 22:42 No.319

松平春嶽 無縁塚の話は知っていますよ。
少し残念ではありますね。
でも千葉定吉のお墓雑司ヶ谷霊園に残っているのでそちらに改葬しても良かったとは思うんですがね・・・。

「龍馬伝」展は、今月まで江戸東京博物館でやっていたので見てきましたが、写真は観れてません。
かなり龍馬伝関係で観に来ている人が多かったです。

住まいは近いっちゃ近いです。
千住の北にある荒川という川を越えてすぐ辺りです。
なので自転車で灸治院跡は観に行きました。
近くの源長寺には、大坂の陣で西軍に居た矢野和泉守という武将の墓とか歌川国芳のお墓とかもあります。
そうそう幕末から明治にかけての剣豪逸見昌助が葬られた場所とも言われているお寺なのですが、現存していません。

館長の小林さんの写真ありがとうございます。
米百俵の碑や長岡城跡なんかも行きたかったのですがね。

今日は最近観てきた南紀派で船形初代藩主でもあり最後の藩主でもある平岡道弘のお墓です。
台東区谷中の天眼寺です。





Re: プチレポート@  マルス館長 - 2010/05/21(Fri) 12:27 No.320

僕様、情報ありがとうございます。
何で松戸なのかいまだに釈然としないものを感じつつ、現存しないことを惜しんでます。墓碑もなくなったのでしょうかね?。残っていれば是非にとは思いますが…。
無縁塚は以前もへい様が現地レポしてくださいましたね。
何で雑司ヶ谷じゃなかったのか私も不思議でなりません。
次回更新の際は、佐那子様だけじゃなく、周作先生や定吉先生、重太郎さんと「千葉家祭」も一気に行こうかと思ってます。

「龍馬伝」展…絶対無理です!。あれってものすごく制約が多いんですよ。ブレないよう動かずにいることが今回は不可能かな…。
京博は会員ですけど、今回は京都府文化博物館なので、神通力は利かないんですよ(;^_^A 。だから1回限り、3日のうちのどれかで行くつもりにしてます。とはいえ長蛇の列なんて…想像したくも…。

米百俵と長岡城址は今回私も行ってません。優先順位で下位だったので…。まぁ長岡駅が城址といえば城址なんですけど…。

見廻組のボス、ありがとうございます。あれ?○に十の字…。

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