もへい様寄贈
東郷平八郎(東京都府中市・多磨霊園〔上〕/鹿児島県鹿児島市・多賀山公園〔中〕/東京都府中市・東郷寺〔下〕)
薩摩藩士、海軍大将、元帥。17歳のときに薩英戦争が起り父吉左衛門、長兄四郎兵衛、三兄壮九郎(のち小倉壮九郎、陸軍大尉、西南戦争のとき薩軍の小隊長)と共に参加。慶応二(1866)年20歳のとき藩の海軍に入り、はじめ海兵隊に属した。明治元(1868)年の戊辰戦争には赤塚源六艦長の指揮下に井上良馨(のち元帥)らと春日艦の士官として阿波沖海戦・越後方面警備に任じ、ついで明治二(1869)年には宮古湾および箱館の海戦に参加した。その後海軍士官となり、明治四年英国留学を命ぜられた。明治二十七(1894)年日清戦争には浪速艦長として参戦し、明治三十七(1904)年の日露戦争には連合艦隊司令長官として日本海海戦にバルチック艦隊を撃滅した。明治三十七(1904)年海軍大将、大正二(1913)年元帥となった。晩年、東宮御学問所総裁となる。海軍の大長老として尊敬を受け、昭和九(1934)年5月30日、没するに当り国葬を以って葬られた。享年88歳。
世界に冠たるアドミラル・トーゴーです。一時期ずいぶん心酔したことがあり、トーゴービールを20本くらい買い込んだこともありました。日本海軍にとってはまさに神の如き存在なんでしょう。もっとも昭和に入ると軍縮条約を破棄して軍備増強を主張する艦隊派に担ぎ上げられてしまい、軍縮を維持しようとする条約派にとっては辟易する存在に変質してしまいました。しかし状況がどうあれ西郷隆盛さんや坂本龍馬さんに会ったことのある人物がこの時期まで生きておられたことが一番感激です。鹿児島の御墓は遺髪墓です。この多賀山公園からの眺めはなかなかすばらしいものがありまして、薩英戦争の舞台となった錦江湾や雄大な桜島が一望のうちでした。わが故郷の放送局・九州朝日放送(KBC)のサイトでは、なぜかこの公園に仕掛けられたライブカメラでその眺望を疑似体験することができますよ♪。
http://www.kbc.co.jp/
昭和九年