上野彦馬(長崎県長崎市・皓台寺)
写真家。15歳で豊後国日田の広瀬淡窓に師事して5年、安政三(1856)年長崎に帰り、蘭通詞名村八右衛門らよりオランダ語を学び、蘭医ポンペの舎密試験所に入って科学を学ぶ。ついで湿板写真術を研究し、安政六(1859)年8月に成功。翌万延元(1860)年江戸津藩邸で藩主東堂高猷らを撮影、津藩校有造館で舎蜜学を教授、長崎に帰って文久二(1862)年『舎密局必携』を著して後進を益した。同年11月長崎に本邦初の写真館を開業。明治七(1874)年金星観測の天体写真を、明治十(1877)年西南戦争の記録を撮るなど、維新後写真の需要の激増に伴い、その名声大いに喧伝された。明治三十七(1904)年死去。享年67歳。
ヘイフリ坂の上の方にあるかのように地図には載ってました。それで10分くらいトットコ登っていったら途中に楠本イネさんの御墓がありました。それからさらに15分くらいトロトロ登っていったら道が無くなったんです。さすがにちょっと焦りましたが、獣道みたいなところに突入してさらにさらに10分くらいトボトボ歩いていると急に視界が開け、しばらく行くとデ〜ンと彦馬さんの墓所への入り口と龍馬さんの像がそびえていたんですよ。文にしたらこんなもんですが、実際にここまで辿り着くまでは途方もない登山となってしまい、実にスタミナの75%を消費してしまいました(このあと亀山社中址を回ってから元来た道を戻りつつ近藤長次郎さんの御墓を探さなければならないのに…)。足元フラフラになりながら、それでも写真の撮り位置を探す辺りに何か己の性を見てしまいました。
明治三十七年