新政府軍

函館護国神社

己巳役海軍戦死碑
梅田梅之充(函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長州藩。御手舸子。「甲鉄」水夫。下等士官とも。元整武隊。明治二(1869)年3月25日宮古湾海戦で負傷、5月25日死亡。享年26歳。
小林五郎(函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長州藩。整武隊。御手舸子。「甲鉄」下等士官。明治二(1869)年5月7日箱館港で弁天台場からの砲弾により戦死(5月11日病死とも)。享年不明。
中川豊(函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長州藩。整武隊。玖珂郡油宇村の農。明治二(1869)年5月7日箱館港「甲鉄」艦上で戦死。享年24歳。
溝部岩熊(函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長州藩。整武隊。吉敷郡仁保下郷の農。「甲鉄」乗組。明治二(1869)年5月11日箱館港「甲鉄」艦上で戦死。享年23歳。
上野太郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
薩摩藩軍艦「春日」乗組。明治二(1869)年5月7日箱館港で被弾、死亡。享年不明。
三迫宗太郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
薩摩藩軍艦「春日」水夫。明治二(1869)年5月7日箱館港で戦死。享年21歳。
村山貞輔(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
薩摩藩軍艦「春日」三等火焚。明治二(1869)年5月7日箱館港で負傷、同夜死亡。享年20歳。
和田彦兵衛(函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
薩摩藩士。文久年間から航海術を学び、戊辰「春日」測量方一等士官。明治二(1869)年5月7日箱館港海戦で負傷。8日朝死亡。享年36歳。
前田喜七郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
薩摩藩軍艦「春日」乗組。明治二(1869)年5月11日箱館弁天崎台場で戦死。享年不明。
松枝末吉(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
佐賀藩本庄の人。「朝陽」二等火焚。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
夏秋又之助(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
佐賀藩士。「朝陽」副長。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年30歳。
山田為八(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
肥後藩(一説に薩摩藩)。「朝陽」乗組。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
安賀庄三郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。長崎平戸町の人。「朝陽」三等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
石丸善之助(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。長崎小瀬戸浦の人。「朝陽」三等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年18歳。
牛島鹿之助(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。「朝陽」士官。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年24歳。
梅太郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
梅次郎とも。長崎振遠隊。長崎稲佐郷の人。「朝陽」三等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年27歳。
鬼塚麟之助(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。「朝陽」助士官。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年18歳。
繁蔵(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。讃岐塩飽江之浦の人。「朝陽」一等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年21歳。
総市(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。長崎馬込郷の人。「朝陽」三等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年20歳。
高村由太郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。「朝陽」三等火焚。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
谷口吉蔵(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。「朝陽」三等火焚。長崎万国町の人。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年20歳。
辻伊兵衛(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。長崎北馬町の人。「朝陽」鍛冶工兼一等火焚。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年23。
二木岩吉(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。「朝陽」一等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年30歳。
野村金吉(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。元長崎奉行組下町使。「朝陽」士官。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年22歳。
馬場農次郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
豊次郎とも。長崎振遠隊。「朝陽」乗組楽生、士官格。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年20歳。
百次郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。長崎稲佐郷の人。「朝陽」三等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年39歳。
堀勝平(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。長崎小瀬戸浦の人。「朝陽」三等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年18歳。
本庄豊馬(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。元長崎奉行組下散使。「朝陽」士官。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年21歳。
松尾重吉(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。長崎小瀬戸浦の人。「朝陽」三等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
茂十郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。長崎稲佐郷の人。「朝陽」三等火焚。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年26歳。
矢野順作(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。「朝陽」二等水夫(火焚とも)。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年20歳。
山口亀三郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。「朝陽」乗組見習楽生、士官格。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年19歳。
山口政八(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。長崎椛島町の人。「朝陽」乗組見習楽生(三等水夫とも)。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年15歳。
山脇大三郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。元長崎会所請払役。「朝陽」出納方士官。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年22歳。
力三郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎振遠隊。長崎稲佐の人。「朝陽」三等水夫。明治二(1869)年4月29日負傷。同年5月15日青森で死去。享年20歳。
村上源助(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
肥前大村の人。「朝陽」火焚。明治二(1869)年54月29日負傷。5月9日死亡。享年23歳。
天野徳蔵(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
江戸牛込神楽坂の人。「朝陽」火焚小頭助。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
伊助(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
筑後瀬ノ下の人。「朝陽」三等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で爆沈、戦死。享年不明。
乾監物(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑/京都市東山区・霊山護国神社)
京都唐橋家家臣。「朝陽」出納方士官。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年36歳。
卯之助(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
三河額田郡藤田宿の人。「朝陽」二等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
栄太郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
江戸八丁堀南紺屋町の人。「朝陽」一等火焚。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で爆沈戦死。享年不明。
恵山光次(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
房州加都平村の人。「朝陽」水夫小頭。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
勘次郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
江戸四谷坂町の人。「朝陽」二等火焚。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
吉太郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
摂州兵庫川崎浦の人。「朝陽」三等火焚。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
衣川鉄蔵(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
元唐津藩士。「朝陽」稽古人。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
久五郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
羽後秋田の人。「朝陽」三等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
久次郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
肥後菊地の人。「朝陽」三等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
幸次郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
摂津兵庫島上町の人。「朝陽」三等火焚。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
重吉(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
江戸築地小田原町の人。「朝陽」一等火焚。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年20歳。
続源次郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
出自不明。伍長。銃士とも。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
富永孫四郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
肥前大村の人。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年34歳。
豊吉(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
筑後柳河の人。「朝陽」二等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
虎吉(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎炉粕町の人。「朝陽」三等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
直吉(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
江戸久保町の人。「朝陽」三等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
浜田作蔵(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
出自不明。伍長。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
林六三郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
出自不明。伍長。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
秀吉(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
摂州兵庫の人。「朝陽」一等火焚。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
平林平次郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
江戸築地南本郷町の人。「朝陽」一等火焚。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年28歳。
藤井文吉(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
出自不明。伍長。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
文次郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
安芸沖友の人。「朝陽」二等水夫。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
牧野英太郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
大村の人か。「朝陽」稽古人。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年27歳。
宮本長吉(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
出自不明。「朝陽」伍長。銃士とも。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
茂七(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
長崎桶屋町の人。「朝陽」三等火焚。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
山下清左衛門(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
元薩摩藩士。「朝陽」稽古人。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
山田為八(函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
肥後藩士。薩摩藩士とも。明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
虎吉(函館市・函館護国神社/函館市船見町・己巳役海軍戦死碑)
江戸の人。「飛龍丸」水夫として北征、明治二(1869)年5月7日箱館港で戦死。享年不明。
小沢清太郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・箱館在住隊碑)
箱館在住隊伍長、銃士。「朝陽」に乗船し、明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
川島由太郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・箱館在住隊碑)
箱館在住隊伍長。銃士とも。。「朝陽」に乗船し、明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
菊地重太郎(函館市・函館護国神社/函館市船見町・箱館在住隊碑)
箱館在住隊伍長。。「朝陽」に乗船し、明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
菅原忠作(函館市・函館護国神社/函館市船見町・箱館在住隊碑)
箱館在住隊。。「朝陽」に乗船し、明治二(1869)年5月11日箱館湾海戦で戦死。享年不明。
旧幕府軍

碧血碑
甲沢源蔵 「回天」士官見習三等。砲手。明治二(1869)年4月26日函館湾(29日富川とも)で戦死。享年不明。
市川慎太郎 衝鋒隊一等士官「千代田形」乗組。明治二(1869)年5月3日弁天台場沖座礁の責任を取り自刃。享年不明。
合木藤蔵 蒸気役二等(士官見習三等)。「回天」乗組。明治二(1869)年5月7日箱館港で戦死。享年不明。
田口俊之助 蒸気役士官見習二等。「回天」乗組。明治二(1869)年5月7日箱館港で戦死。享年不明。
塚本六助 「回天」一等士官。明治二(1869)年5月7日箱館港で戦死。享年不明。
朝夷正太郎 見習士官。「回天」蒸気役。明治二(1869)年5月8日箱館港砲戦で死。享年不明。
木村弥太郎 「蟠龍」砲手(鼓手とも)。士官見習一等。明治二(1869)年5月11日箱館港で戦死。享年不明。
永倉磯吉 「蟠龍」乗組蒸気方二等士官。「朝陽」撃沈の砲手。明治二(1869)年5月11日箱館港で座礁、上陸時水死。享年不明。
野口健次 「蟠龍」乗組、士官見習一等。明治二(1869)年5月11日函館湾で戦死。享年不明。
野口春吉 「蟠龍」二等士官。蒸気役。明治二(1869)年5月11日函館湾で戦死。享年不明。
野口養次郎 「蟠龍」乗組士官。明治二(1869)年5月11日箱館沖海戦で戦死。享年不明。
松平五郎右衛門 「蟠龍」軍艦役。明治二(1869)年5月11日箱館港で戦死。享年不明。
箱館港海戦で最も甚大な被害を出したのは、明治二(1869)年5月11日の朝陽撃沈でしょう。とくに長崎振遠隊では26名が戦死しています。長崎振遠隊は、長崎奉行所配下であった遊撃隊が慶応四(1868)年1月の長崎奉行所撤退で宙に浮いたため、九州鎮撫総督沢宣嘉卿が解散させ、同時期に解散した海援隊の隊士だった石田英吉や菅野覚兵衛らを軍監にして再編成したものです。本来は長崎の治安維持と警固にあたるはずだったんですが、長崎で特に大きな混乱も騒擾も起らなかったために、戊辰戦争に出征。秋田に上陸の後庄内攻略戦に参加し、12月に一度凱旋するんですが、箱館戦争に参加するためさらに再編の上明治二(1869)年2月に長崎を出航、5月6日から箱館港攻撃に参加していました。

箱館在住隊と親兵隊は慶応四(1868)年、新政府の出先機関である箱館府が榎本脱走艦隊の箱館上陸に備えて編成したものです。7月に箱館在住のもので親兵隊を編成、10月に在住元幕臣で箱館在住隊を編成しました。両隊は箱館戦争後統合されて函衛隊となります。
明治二年 箱館港海戦