稲次因幡(福岡県久留米市・山川招魂社)
久留米藩家老。重臣水野正名の三男で、稲次因幡正誠の養子。尊攘を運動して家老吉田監物派と対立。嘉永六(1853)年12月3日、有馬右近邸で自刃した。享年25歳。靖国合祀第一号。
嘉永六年